
「ジョブ型」と言うわりに、進まない
「これからはジョブ型だ」。ここ数年、多くの企業がそう掲げてきた。職務を決めて、その仕事に合う人を、その職務に見合った処遇で。年功や横並びから抜け出そう、という話だ。
ただ、うまくいっている実感は、あまり聞こえてこない。専門家も、日本で広がる「ジョブ型」の多くは、本来の転換ではなく、メンバーシップ型のままの、部分的な見直しにとどまる、と指摘する。看板は「ジョブ型」に掛け替えた。でも、中で動いている仕組みは、これまで通り。呼び名だけが新しい。そういうケースが、けっこう多い。
「何ができるか」の、次がない
なぜ、進まないのか。ジョブ型に移るというのは、「どこに所属して、何年目か」ではなく、「何ができるか」で人を見る、ということだ。ここまでは、みんな言う。
でも、その一歩先が、すっぽり抜けている。「何ができるか」の次に来るべき、「それは、いくらなのか」が、見えていないのだ。
スキルの値段は、本来、動くものだ。どれだけ熟練しているか。その会社にとって、どれだけ重要か。世の中に、どれだけ希少か。それによって、同じ「できる」でも、値段は変わる。ある企業にとっては「これは重要だから、高く払う」となるはずだ。ところが、その値段——市場での価値が、働く人にも、企業にも、はっきり見えていない。「何ができるか」までは言えても、「それがいくらか」が言えない。値付けの根拠がないまま「職務で処遇する」と言っても、結局よりどころがなく、また年次や横並びに、そっと戻ってしまう。
「足りない」に、飛びついていいのか
分かりやすい例がある。少し前まで、「IT人材が足りない」と、さかんに言われていた。「プログラマーやエンジニアをやっておけば、仕事にありつける」と。多くの人が、その「足りない」に飛びついた。
ところが、AIが出てきて、風向きは真逆になりつつある。とくに、経験の浅いジュニアの層には、これから厳しくなっていく。「足りない」と言われたものに飛びついたのに、数年で景色が変わってしまう。これは、けっこう酷な話だ。
もし、市場のトレンドと、具体的な値段が見えていたら、どうだっただろう。飛びつく前に、「この先これはどうなりそうか」「いま、どこにいくらの値段がついているか」を見て、目指す仕事を選べたかもしれない。AIのおかげで、何を目指せばいいのかが、本当に見えにくい時代になった。だからこそ、値段という具体的な指標が、あったほうがいい。
私たちが、やろうとしていること
「何ができるか」の次の「いくらか」を、見えるようにする。これは、私たちがいま実際に取り組んでいることでもある。
まずはスキマバイトの領域で、「この人は、いくらなのか」「この仕事は、いくらなのか」を示していく。働く人のスキルに、ちゃんと値段がつき、目で見えるようにする。そして次に来るのは、正社員の領域や、もっと深い技術・テクニカルスキルの世界だ。ここは正直むずかしいけれど、すでに構想があり、取り組んでいくつもりでいる。値段が、視覚的に、もっと分かりやすくなる——そういう時代になっていくべきだと思っている。
Amazon がモノにしたことを、人に
考えてみれば、Amazon がやってきたのは、そういうことだ。世の中のあらゆるモノの値段を明らかにして、EC という形で、誰でも見えるように並べた。何が、いくらか。それが見えるようになって、買い物は大きく変わった。
私たちがチャレンジしたいのは、それと同じことを、「働く人」と「仕事」でやることだ。この人は、いくら。この仕事は、いくら。それが見えれば、働く人は目指す場所を選べるし、企業も、重要な仕事にはきちんと高く払える。
「足りない」という声に、飛びつくしかない時代は、そろそろ終わりにしたい。モノの値段が見えるようになったように、人の値段も、見えるようにする。値段が見えれば、目指す場所は、自分で選べる。私たちがつくりたいのは、その景色のほうだ。