2026/08/10
企業と人をつなぐ

福利厚生が、会社から個人へ移りはじめている

福利厚生が、会社から個人へ移りはじめている

まず、何が起きているのか

ポータブル・ベネフィットという言葉をご存じだろうか。医療や失業、退職といった福利厚生を、会社ではなく働く人本人が持ち、勤め先が変わっても一緒に持っていける。そういう仕組みのことだ。

米国では、これが少しずつ制度になりはじめている。先に動いたのがUtah、Alabama、Tennesseeあたり。2026年2月にはGeorgiaが法案を通した。WyomingやWest Virginiaも続いていて、2026年の会期が始まってから最初のひと月だけで、9つの州が新しい法案を出したという。数字だけ見ても、けっこうな勢いだと思う。

なぜ今なのか。たぶん、働き方のほうが先に変わってしまったからだろう。一つの会社に定年までいる、という前提はもう当たり前ではない。複数の仕事を掛け持ちする人もいれば、雇用の形そのものが流動的な人もいる。そうなると、安全網が会社にだけぶら下がっているのは、少し心もとない。会社を辞めた瞬間に全部消えてしまうからだ。だったら福利厚生のほうも人に付いてくればいい。おおまかに言えば、そういう発想だと理解している。

気になっているのは、「値段」でも同じことが起きそうだ、という点

ここからは、私たちが日ごろ考えていることを少し書かせてほしい。

これまで働く人の「値段」、つまり評価や価値は、たいてい会社の側が決めてきた。「この仕事は何年目でいくら」と会社が示して、働く人はその枠に自分を合わせる。自分から「私はいくらです」と言う。そういう文化は、正直あまりなかったと思う。とくに日本は、その傾向が強かったのではないだろうか。

ただ、その前提がゆらぎはじめている感触がある。私たちはこの変化を、後ろからついていくのではなく、先に立って引っぱっていきたいと思っている。働く人が自分の価値をちゃんと見つけて、自分でわかって、自分から示せる。そんな状態を普通にしたい。逆オファー機能の「いくら」は、働く人が自分の時間と価値に自分で値をつける仕組みで、その最初の一歩のつもりでつくった。

そして、値段が個人の側から決まるようになれば、福利厚生も遠からず同じ向きに動くはずだ。米国で起きているポータブル・ベネフィットは、その大きな流れが、たまたま福利厚生というかたちで先に表に出てきたものなのかもしれない。少なくとも私たちには、そう見えている。

タレントバンクは、もともと「個人起点」でつくっている

タレントバンクの設計は、最初から個人を起点にしている。つながりは必ず働く人本人の意思から始まる。実績は企業が付けるけれど、貯まっていく先は本人だ。複数の会社でもらったバッジ(サティフィカ)が一つのアプリにたまって、どこへ移っても持っていける。データは会社が囲い込むものではなく、本人のもの。そこは譲らずにつくってきた。

こうしてみると、ポータブル・ベネフィットが目指している「個人に紐づいて、持ち運べる」という方向と、私たちの設計はよく似ている。実績が個人にたまる。価値を個人が示す。安全網も個人に付いてくる。別々の話に見えて、根っこは同じ一つの流れなのだと思う。働く人を真ん中に置いて、まわりを組み直す。その流れだ。

福利厚生が会社から個人へ移っていくのなら、値段の決め方もきっと同じ道をたどる。日本がちょうどその入り口にいる今だからこそ、私たちは働く人が自分の価値を示せる世界を、先につくっておきたい。

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