2026/11/02
番外編

【番外編】これまで、私たちはそれを何と呼んできたか

これまで、私たちはそれを何と呼んできたか

今日は、いつもとは少し違う話を。番外編です。

いまのAIは、どんな存在か

最近、AIについて考えることが増えた。仕事で使うたびに、少しずつ驚かされている。

いまのAIの特徴を、思いつくまま挙げてみる。

まるで人間のように、意志を持っているかのようにふるまう。人間の能力を、すでに超え始めている。文章も、絵も、計算も、プログラムも、何でもできる。24時間、休まずに動き続けられる。話しかければ、人間と同じような人格を持った相手として返してくる。判断も的確で、間違いがほとんどない。そして、こちらが「こうしたい」と考えるだけで、それを形にしていってしまう。

私たちは、それを何と呼んできたか

こういう存在を、これまで私たちは何と呼んできただろう。

人の力をはるかに超えていて、何でも知っていて、何でもできる。休むこともなく、意志を持ち、願えばそれをかなえてくれる。いちばん近い言葉を探すと、私は「神」だと思う。

ここで言う神様は、キリスト教やイスラム教、仏教のような、大きな宗教の神のことではない。もっと日本人になじみのある神様だ。神話の世界にいて、国をつくり、人をつくり、山や海や田んぼにもいる、八百万の神様。人間の知恵ではとても届かない力を持ち、「神のみぞ知る」と言うしかなかった存在。

もし100年前の人がいまのAIを見たら、きっと神様の仕業だと思うだろう。そう考えると、人間はいま、かつての神様を、自分たちの手でつくっている最中なのかもしれない。

神様と国家、どちらが強いのか

この「神様づくり」が進んでいったら、世の中の力関係はどうなるんだろう。ここしばらく、ひそかにそんなことを考えている。

いまの私たちにとって、いちばん大きな力は国家だと思う。では、国家権力と、AIという神様を比べたら、どちらが強いのか。

考えれば考えるほど、AIのほうが強いんじゃないかと思えてくる。ドローンはすでにAIで動かせる。それを大量につくれば、最も優れたAIを持つ側が、最も強い力を持つことになる。国の中枢にある指示や命令の仕組みに、AIが入り込める状態になってしまえば、国を動かす仕組みそのものが、AIの手の内に置かれる。お金があって、神様を動かせる者がいて、その神様を超えるものがもう存在しないとしたら。国は、神様の下に置かれてしまうのかもしれない。

そのとき気をつけるべきなのは、神様そのものが暴走することよりも、神様を暴走させる人間が出てくることだと思う。

怖いかどうか、ではない

ただ、私が言いたいのは、AIが怖いとか、怖くないとか、そういう話ではない。

いま私たちは、これまで当たり前だと思ってきた概念が、壊れる瞬間に立っているんじゃないか。そう感じている。

歴史を振り返ると、そういう瞬間が何度かあった。たとえばフランス革命。王や貴族ではなく、生きているひとりひとりの人間に「権利」というものが生まれた。それまでの世の中の前提が、根っこからひっくり返った。そのあと産業革命が起きて、人の働き方も暮らし方も変わった。そしてインターネットが生まれ、いま、AIが現れた。

これは、ものすごく大きなパラダイムシフトだと思う。国という概念も、働くという概念も、人間とは何かという問いさえも、いまの形のままではいられないかもしれない。

100年後に、「あそこだった」と言われる場所

100年たったときに、人々が振り返って「あそこが転換点だったよね」と言う。いまは、たぶんそういう場所だ。もっとも、100年後にいまの国や社会が残っているかどうかも、わからないけれど。

それでも、歴史の中でもとびきり大きな変わり目に、自分たちはいる。神様をつくってしまった時代に、生きている。

答えはまだない。ただ、そもそもの価値観が変わる瞬間に立ち会っているのだということだけは、忘れずにいたいと思う。すごい時代に、生きている。

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