
目次
「会社が受けさせる」から「自分で選んで学ぶ」へ
リスキリング、という言葉をあちこちで聞くようになった。会社が社員に研修を受けさせる。そういうイメージを持つ人が多いと思う。実際、これまでの学び直しは、ほとんどが「企業経由」だった。会社が計画して、会社がお金を出して、社員が受ける。
でも、その中心が、いま静かに移ろうとしている。会社が受けさせるのではなく、働く人が自分で選んで学ぶ。「個人経由」へ。しかも、それを旗を振って進めているのは、国のほうだ。
国の方針は、はっきりしている
きっかけは、2022年。政府が「個人のリスキリング支援に、5年で1兆円」を掲げた。学び直し、転職、労働移動。この3つを後押しする、という話だ。
そして2023年、「三位一体の労働市場改革」という指針の中で、もっと踏み込んだ。これまで企業経由が中心だった在職者への支援を、5年以内に、半分以上は個人経由に切り替える。会社を通すのではなく、働く人個人の手に、学びの主導権を渡していく。方針として、そう宣言したわけだ。
給付も、ぐっと手厚くなった
旗を振るだけではない。お金のほうも、はっきり手厚くなっている。代表的なのが、雇用保険の「専門実践教育訓練給付」。2024年10月から、助成率の上限が70%から80%に引き上げられた。
具体的には、こうだ。受講中は費用の50%(年間上限40万円)。資格を取って就職すれば70%(同56万円)。さらに、修了後に賃金が5%以上上がれば、80%(同64万円)まで戻ってくる。長い講座なら、最大3年で合計192万円。経済産業省の「キャリアアップ支援事業」でも、上限56万円の個人向け支援がある。本気で学び直そうとする個人の背中を、国がかなり強く押している。
国は、なぜ税金で学び直しを支えるのか
ここで、国の側から考えてみたい。国が税金を投じて人を育てるのは、慈善ではない。国が育てたい人材をつくり、その人にしっかり稼いでもらうためだ。稼げる人が増えれば、賃金が上がり、経済が回り、最終的には納税というかたちで国に返ってくる。前回、シンガポールの話でも書いたけれど、学ぶ・働く・稼ぐ・納める、は一本の線でつながっている。
実際、この改革の指針がいちばん大きく掲げている目標は「構造的な賃上げ」だ。給付を手厚くする対象も、ITやデータ分析など「高い賃金が獲得できる分野」とはっきり書かれている。つまり国の狙いは、学ばせること自体ではなく、学んだ人が「稼げるようになる」ことにある。
会社が、人を育てなくなった
では、なぜそれが「会社経由」ではなく「個人経由」なのか。いちばん大きな理由は、時代が変わったことだと思う。
終身雇用や長期雇用が前提なら、会社はコストをかけてでも人を育てる。育てた人が、何十年も会社に残ってくれるからだ。でも今は、そうではない。数年で転職するのが当たり前になり、育てても、いずれ出ていく。そうなると、会社の側には、お金をかけて人を育てる理由が薄くなる。
数字も、それを物語っている。日本企業が人に投じるお金(OJTを除く)は、GDP比でわずか0.1%。アメリカの2.08%と比べると、およそ20分の1だ。しかも近年、さらに下がっているという。政府の指針自身が、「企業は人に十分な投資を行わず」と、はっきり書いているほどだ。それなのに、国の学び直し支援は、これまで4分の3が企業経由(約770億円)で、個人経由は4分の1(約240億円)にすぎなかった。
だから、国が直接、個人に渡す
会社が育てなくなったまま放っておくと、どうなるか。多くの人が古いスキルのまま取り残され、稼げなくなる。稼げなければ、納税もできない。それは一人ひとりの問題であると同時に、日本の国力そのものが落ちていく、という国全体の問題でもある。人口が減り、人手が足りない今なら、なおさらだ。
だから国は、会社を飛ばして、働く個人に直接、学び直しのお金を渡すことにした。古いスキルのままの人に、もう一度スキルを上げてもらい、もう一度しっかり稼いでもらい、もう一度納税してもらう。「個人経由へ」という一見地味な方針転換の裏には、そういう国のしたたかな狙いがあるんだと、私は見ている。
私たちの視点
学びの主導権が個人に移っていくと、次に問われるのは、「学んだ力を、どこで稼ぐ力に変えるか」だと思う。自分で選んで身につけたスキルを持って、合う企業と、自分からつながっていく。私たちがつくりたいのも、そうやって学び続ける人が、企業と直接つながれる場だ。
学びの責任は、個人の側へ
終身雇用の時代は、会社が学びを用意してくれた。でも、その前提はもう崩れている。国の方針も、お金の流れも、はっきり「個人のほうへ」と向かっている。
裏を返せば、学ぶ責任も、個人の側に移ってきたということだ。会社が育ててくれるのを待つのではなく、自分で学び、自分で稼げる力をつけていく。国は、その元手を出す。学びの主役が会社から個人へ移る流れは、たぶんもう止まらない。