2026/09/21
給与

「給与、応相談」の先へ——EUの賃金透明化という実験

給与を、先に見せる——EUの賃金透明化という実験

「給与、応相談」の国で

日本の求人を見ていると、給与の欄に「経験・能力を考慮の上、決定」と書いてあることが、けっこうある。要するに、入ってみないと、いくらもらえるか分からない。面接で「今おいくらですか」と現年収を聞かれ、それをもとに提示額が決まる、というのも、わりとよくある話だ。

私たちは、それを当たり前だと思っている。でも、ヨーロッパでは、この「当たり前」を、法律で逆向きにしようとしている。

EUは、逆をやろうとしている

2023年にできた「EU賃金透明化指令」という決まりがある。EU加盟27カ国に、2026年6月7日までに、それぞれの国内法にしなさい、と求めたものだ。中身が、なかなか思い切っている。

ひとつは、給与を先に見せること。応募者が最初の面接を受ける前に、初任給か給与レンジを示さないといけない。国によっては、求人票そのものに載せる。ふたつめは、現年収を聞いてはいけないこと。「今いくら?」を採否や提示額の材料にするのを、禁じる。みっつめは、社員どうしが給与を言い合うのを、会社が禁止できないこと。そして、男女の賃金格差を測って公表し、差が5%を超えたら、手を打つ義務がある(従業員250人以上は2027年から毎年、規模が小さい会社は段階的に)。

給与を、できるだけ「見える」ようにする。方向は、はっきりしている。

ただ、ほとんどの国が間に合っていない

面白いのは、ここからだ。これだけ大きな話なのに、2026年6月の期限までに、きちんと国内法にできたのは、イタリア・リトアニア・マルタ・スロバキアなど、ごく少数。ギリシャが少し遅れて仕上げた。

大きい国ほど、遅れている。ドイツはまだ草案も出ていない。フランスやオランダ、デンマークは、施行を2027年1月に先送り。スウェーデンにいたっては、いったん止めて、内容の再交渉を求めているという。理想は掲げたけれど、現場に落とすのは、そう簡単ではない——という段階だ。

それでも、と思う。「給与は、見えるほうがいい」という方向へ、EU全体が舵を切ったこと自体は、動かない。

なぜ、「見える」ことが大事なのか

少し引いて考えたい。給与が見えない世界では、自分がいくらの人間なのか、本人にも分からない。周りと比べようもないし、「これはおかしい」と気づくこともできない。交渉のテーブルにつく前に、情報の差で、もう負けている。

給与が見えるようになると、そこが変わる。この仕事は、この地域で、これくらい。自分の経験やスキルは、市場でいくらと見られているのか。その相場が見えて初めて、人は「自分の価値」を、自分の言葉で語れるようになる。EUの指令は、賃金格差をなくすための制度だけれど、その手前で、働く人が「自分はいくらか」を知るための土台をつくっている、とも読める。

私たちが、やろうとしていること

ここで、自分たちの話を少しさせてほしい。私たちタレントバンクは、「自分の価値を示す」ということを、ミッションとビジョンに掲げている。働く人が、自分はどんなキャリアを歩んできて、どんなスキルを持っているのか。それに応じて、自分はいくらで働けるのか。それを、自分で示せるようにしたい。

いま挑もうとしているのは、その紐づけだ。まだアルバイトの世界からではあるけれど、スキルと報酬、キャリアと報酬を、ちゃんとつなげていく。このスキル、このキャリアなら、時給はだいたいこれくらい。そうやって、経験やスキルを、報酬という目に見える形に結びつけていく。

EUの賃金透明化は、国の制度として、給与の「見える化」を進めている。領域も、やり方も、私たちとは違う。それでも、「働く人が、自分の価値を示せるようにする」という根っこは、とても近い。だからこの動きを知って、自分たちが目指している世界と、地続きなんだな、と感じた。

「応相談」の先へ

EUの実験は、まだ始まったばかりで、つまずいてもいる。期限は守られず、大国は先送り、止めた国さえある。でも、掲げた方向は、シンプルだ。給与を、見えるようにする。

日本の「経験・能力を考慮の上、決定」は、当分なくならないだろう。でも、いつか「先に、いくらか言ってほしい」と、働く側がふつうに言える日は、来るのかもしれない。そのとき、自分の価値を自分の言葉で示せるように——その土台を、私たちはアルバイトの世界から、少しずつつくっていきたい。

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